町田まいにち

30代、仕事を辞めました。実家を出ました。

彩瀬まる/小説感想/暗闇はこわいけど、近しいもの

こんばんは、町田です。小説を読んだのでつらつら書いておきます。

 

彩瀬まる『朝が来るまでそばにいる』2016年9月20日新潮社発行。

 

彩瀬まるさんの小説、初めて読みました。ずっと気にはなっていて…、好みの装丁が多かったので。あとタイトルも美しいです。『やがて海へと届く』『眠れない夜は体を脱いで』『神様のケーキを頬ばるまで』『あのひとは蜘蛛を潰せない』とか。

 

新潮社のサイトにあったキャッチコピーは、“弱ったとき、逃げたいとき、見たくないものが見えてくる。” 

そして同じく新潮社のサイトから、紹介文です。

高校の廊下にうずくまる、かつての少女だったものの影。疲れた女の部屋でせっせと料理を作る黒い鳥。母が亡くなってから毎夜現れる白い手……。何気ない暮らしの中に不意に現れる、この世の外から来たものたち。傷ついた人間を甘く優しくゆさぶり、心の闇を広げていく――新鋭が描く、幻想から再生へと続く連作短編集。

…このあらすじを最初に見てたら、手に取ってないかもなと思いました。

幻想、あーファンタジーかあ、再生へ?ああ、ほっこり系?みたいな。

 

かといって、内容をジャストに書き表されていても手に取らなかったかもしれません。ありがちな言葉を置くなら、怪異とかそういう紹介になると思うんですけど、怪異と言われると…、民俗学なら興味がわくけどホラーは微妙なわたしにとっては読むか読まないかすれすれのところです。

 

というわけで内容はそう、怪異とか奇譚とか、民俗学とかそういう言葉で示される風合いのもの。此岸と彼岸の曖昧な境界、ほのぐらいけれどどこか肌で知っている親しみを感じる物語でした。

が、「こわい」と言われる類の小説だと知らずに読んでよかったです。「こわい」だけじゃないから。

 

短いお話が6篇入っていて、後半の3つがわたしはすきです。

なので後半だけでも、と言いたいところなんですが、「よるのふち」を読むには前半の「ゆびのいと」を踏まえていたほうがより入り込めそうに思うのでやっぱり順番に頭から読んでもらったほうがいいのかな…。純粋に文芸誌に発表された順番でいくと「よるのふち」のほうが先だったようなんですけど、「ゆびのいと」を知った上で読んだほうが、ぐっとくると思います。

そこで重要な存在、鬼。概念としての鬼というのか、その存在がすごく良かったです。それと、何かわからない、それ――彼岸の者が、此岸の者に、食べさせようとするもの。

不思議だったなあ、どの話でも誰かの執着を見せられるんですけど、いやなものではないのです。引きずり込まれるような怖さはありませんでした。全然。特にその“食べさせようとする”行為が、もうたぶん鬼となった者にははっきりした意志などなくそうしているんでしょうけど、きっと、かつて愛情だった感情がそうさせている。たまらないです。

 

高校の地縛霊になってしまった少女の話、「かいぶつの名前」からせりふをひとつ。

「でもね、生き続けていたら、いつか、あなたが許せないあなたのなかの怪物を、許してくれる人に会えるから。あなたが誰かの怪物を、許してあげられる日がくるから。……だから、きっとまた生まれていらっしゃい」 

朝が来るまでそばにいる。いてくれる。それは何なんだろう、誰なんだろう。鬼やかいぶつと呼ぶにはあまりに愛しい。自分だったり、愛したひとだったり、愛してくれたひとだったりする、誰かの温度を感じる。